No.19
母
中学生・男子
高校生・女子
兄弟
その他疾患(腎臓結石)
兄弟で不登校。元気になっていく姉、連れてこられない弟。
今、学校に行くことが出来ず、悩んでいる親子のことを考えると、体験した者だけが分かる苦しみを思い、胸が苦しくなります。私共も、長女が高二の秋、それから1年もたたずに長男が中一の夏から不登校になりました。
家の中に学校に行かない2人の子供がずーっと居る。しかも、仲の良かった姉弟が一言も話さない…。
私も身の置き所がなくなりそうでした。
担任に相談し、スクールカウンセラーに相談し、心療内科、市のカウンセリング、本で見た県内のフリースクールもどきにも相談に行き、不登校の親の集まりなど、見聞きしたものには全て参加しました。長女は家から出られる時には一緒に通ったりしました。でも、最後は私自身、親が壊れないために私の話を聞いてもらいに行っていた気がします。どこも、「待ちましょう、いつか立ち上がります」というような話ばかりでした。
一年間家にいた娘は、弟も自分のように不登校になったことが嫌でたまらなかったようでした。
母の私は、インターネットでいろいろ調べるうち、元気学園のことを知り、学園の考え方やブログを読み、静岡で元気に過ごしている子供たちを見て、私の子供もこうなれば…と強く思いました。
娘は高3の学年でしたので、自分自身も焦りがあり、最初は渋っていたものの、学園に連れていくことが出来ました。
日に日に元気になっていく長女を見て、弟もどうにか、と焦りましたが、なかなか連れていくことが出来ず、2年近く過ごしました。
前日は行くと言っていても、当日朝はどうしても動けないのです。
でも、そんなときも親だけは学園に向かいました。私達の予定が空いている限り、通いました。
そして、学園の様子や長女の様子を明るく伝えました。「お父さんやお母さんの意志は固いよ」ということを行動で示しました。最初は弟が学園に来るのを嫌がっていた姉も、協力してくれるようになりました。
『本人が行けなくても、親が通う』これを教えてくださったのも、先生です。
そうこうしているうちに、長男はあまりの運動不足や栄養不足で腎臓結石になり、私の外出中にのたうち回る痛みを経験しました。本人は相当苦しかったようですが、この病気は神様からのプレゼントだった気がします。
すぐに学園に連絡し、学園と連携が取れている病院に検査入院して、「学園で身体から元気になろうね」と連れてくることが出来ました。退院したその日、その足で直に車で、夫と長男と3人で松山から静岡に面談に向かったのです。
1年以上親が通い、親の本気も分かっていたと思います。そして姉も誘ってくれる。自分も「どうにか立ち上がらねば!」と思っていたはずです。その時本人はもう、イヤイヤではありませんでした。
学園で面談後、人懐っこい学園生が息子に寄ってきて、「ボク同学年です。ヨロシク!」と笑顔で話しかけてくれた時の嬉しさは今でも忘れません。不安で一杯の長男がどんなに安心したことでしょう。
今現在、長女は2学年遅れで大学に入学し、家から通える大学の4年生です。小学校の教員を目指して、4年間学生生活を楽しむことが出来ました。
長男は学園で高等部も過ごさせていただき、真っ白だった顔とガリガリの足は、血色のいい逞しい身体に変身しました。
体力、学力、コミュニケーション能力をつける、とよく学園の先生から教えていただきますが、時間をかけてでも1つずつ段階を踏んで成長させてもらいました。
小さい頃からほとんど親を困らせることなく、どちらかと言えば長女も長男も優等生だったと、勝手に親が勘違いしていましたが、本当は2人とも人より体力もないし、学力やコミュニケーションをとることも一杯いっぱいだったのでしょう。気が弱いのに、プライドもあるし、母親に喜んでもらうために精一杯背伸びをしていたのだと思います。
学園にきて、出来る事から1つずつやらせてもらい、少しずつ自信をつけていただきました。
今、私達家族が笑って過ごすことができるのは、奇跡です。
あのまま地元のカウンセリングを受けながら過ごしていたら、今の2人はありません。
今、絶望の真っ只中で苦しんでいらっしゃる親子さんも、絶対に諦めずに、ご両親だけでも信念をもってできるだけ学園に通ってみてください。子供も「このままではイヤだ!」と絶対に思っています。そして、学園の子供たちに会わせてあげてください。
この数年で親もいろいろな「気付き」がありました。子供と一緒に親も成長させていただきました。
学校の先生や友達、地域の相談機関やカウンセラー、病院や臨床心理士など、私もいろいろな人たちと関わってきましたが、「絶対に元気学園の先生の言うことを信じる」と決めて親がブレずに進んでいくと、子供もそうなって来た気がします。
本人(弟)より
来てみたら、毎日、楽しくてびっくりしました。
どうして、そんなに拒絶だったの?って聞かれるのですが、実は、ゼンゼン分からないんですよ。
でも、あの時は、イヤだったというか、怖かったのかも知れません。
何か始めるエネルギーもなかったし、どうしていいか分からなかった。
けど、親の言うことを「うん」とは言えないんですよ…
あのままでいたら、多分、今も家にいて、引きこもっています。
来れて良かったです。親が知らないところで準備していたのは知りませんでした・・というか、
その頃のこと、ほとんど覚えていません!今となっては、親のおかげです。
お母さん、ありがとう!
学園より
ちなみに、姉も弟も二人とも優秀になりました。
思っていた自分になれたとのことです。よかったです。