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new 本人の体験談:不登校は大問題だと気付いた今、あの頃を思い出すと涙がでる

◎入学前のこと
私が学校へ行けなくなったのは中学2年生になったばかりの4月でした。
学校に行けなくなった最初の週は、親も「少し疲れちゃったのかな、今週は家でゆっくりして、来週から行けばいいよ」と言っていましたが、次の週になっても行けない状態が続くと次第に「明日からは行けるの?!」「一緒に行ってあげるから!」、最終的には「どうして行けないの?!」「学校にも行かないで、あなたこれからどうするの!?どう考えてるの?!教えて私に!」「学校に行かないことどう思ってるの?!」と問い詰めが始まりました。


朝は、親が仕事に行かないといけなくなる時間になるまでベッドから起き上がらずに、ただただ親が言うことを黙って聞いたり、無理やり連れて行こうとされても抵抗してやり過ごす。
親のいない昼間は、昼寝したり、小説や漫画を読んだり、好き勝手に部屋で過ごす、その時間だけは学校のことを忘れることができました。
しかし夕方になると、ふと悲しくなり始め、今日も学校に行かなかったと自己嫌悪になるものの、無理やり学校に連れて行かれなかったことにほっとしたり、次の日にはまた学校に行かないといけない時間が来るのが心底嫌でした。
夜寝る前にはリビングに呼ばれて問い詰められ、何も答えられず机に臥せって泣くだけの私。私に何を言っても駄目だと諦めた親がただ私を見つめる、その間流れる長い沈黙。
重い沈黙に、押しつぶされて消えてしまいたいと思いました。
親の記憶から、家族の記憶から、友達やクラスメイト、学校の先生、私を知っている人の記憶から私が消えたらいいのに、 最初から存在しなかったかのように、自分の存在がその人たちから消えてしまえばいいのに、 そんなことを考え、泣きながら眠りにつく毎日でした。


「学校に行かないことどう思ってるの?!」と親に言われましたが、「そんなの良くないってわかってるよ!」と叫びたいくらい、よくないこと、このままじゃだめだ、このままじゃまずい、ということは自分でもわかっていました。
親に申し訳ないと思う気持ちもありました。
でも、学校には行きたくない、行けない、行ったらクラスのみんなになんて言われるかな、どう思われるかな、どんな視線を向けられるかな、そんなの耐えられない、無理だよ、もう嫌だ、もうダメだ、消えてしまいたい、 自分ではどうしようもできない状況で、毎日が悲しい、つらい、生きるのってなんでこんなにつらいのかな、、、そんなことばかり考えていました。
学園に入学するまでの3か月間は、ずっと、心がぐちゃぐちゃでした。


今年、私は大学を卒業しましたが、あの頃を思い出すと今でも涙が出てきます。
この文を書いているだけでも、涙が溢れてきて困りました。
それだけ、学校に行けなくなったこと、不登校になったことが、今に引きずるほど私にとってショックが大きいものでした。
当時は思い悩みながらも、時間が過ぎれば何とかなる、誰も自分のことを知らない高校からなら通えるかもしれないとも思っていました。


しかし今改めて不登校のことを考えると、日本中のほとんどの子が通えている学校に通えなくなるって、大問題だなと思います。
あのままでは、高校にも絶対通えていないし、あのまま長い期間暗い考えの中にいたり、たくさん泣きたくなるような状況が続いていたりしたら、もっと自分の中に閉じこもって、学園に来ることはおろか、不登校になったときのまま、何も変わっていなかったと思います。
なので、もし今不登校で悩んでいる親御さんがいたら、不登校を軽視せず、今、解決しないといけない大問題なんだと思って行動してほしいと思います。


◎入学するまでの過程
恥ずかしながら、私は、学園にすんなり入学できたわけではありませんでした。
「静岡に元気学園っていうフリースクールがあるから、一度相談会に行こう」と言われても、「行かない、一人で行ってくれば」という具合で、 いざ入学が決まっても、「やっぱり今からでも入学取り消せないかな」なんてことを言っていました。
入学に必要な準備も一切、手伝いませんでした。
母がハンカチから服から、衣装ケースまで、必要なもの全部をそろえてくれました。
「ここしかない!」という母の本気の行動があったと思います。


◎入学してから
それだけ家では抵抗していましたが、知らない人の前ではさすがに家と同じ態度をとれず、学園生活がスタートしました。
自分が作っている不登校のイメージでは、ヘンな子がいるのかな?と思っていました。しかし、来てみたら、ゼンゼン普通で、この人たち、不登校?学校行けなくならないでしょ?と思う人ばかりで、あれっ?と思いました。
さらに、また、頑張れ!と、できないことを無理矢理させられるのでは?と思っていたら、がんばるのは、ご飯を食べることや体を動かすこと。
思っていたことと違いました。
しかも、周りが親切に助けてくれて、こんな楽なことでいいのだ。。。。
と予想に反することが続いて、気付いたら、元気になっていました。
そして、自分も、精一杯やってみようと思えるようになりました(不登校中は、一切思えなかったので)。


学園生活は、ブログを見ていただければと思いますが、毎日いろんなことがあります。
クリスマス会や卒業式といった年中行事、美術館に行ったり、お祭りがあればみんなで出かけ、日本平キャンパスでBBQをしたり、修学旅行で海外に行ったり、交換留学でインドネシアに行ってホームステイしたり、イベントも沢山です。
なので、とても書ききることはできませんが、朝起きて、運動をして、お掃除して、ご飯を作って、食べて、友達とおしゃべりして、笑って、たまに喧嘩もして、勉強もして、夜は寝る。
「生活こそリハビリ」と先生がよく言われますが、当たり前で普通の生活をしていくなかで、実力をつけさせていただと思います。


私は高等部も学園のお世話になり、不登校の時には、考えもつかなかった、大学・しかも、国公立大学に大学受験をして合格しました。
元気学園の毎日の生活のご褒美だと思います。
そして、今年度無事に大学卒業を迎えました。
今は笑って、まわりに人がいるなかで生活しています。
不登校で苦しんでいたころには想像できなかった今に感謝しています。




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