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中学・高校時代どこで学ぶ、青い鳥を探して

海外転勤から戻り、日本での小学校1年からスタート。
現地でも何となく周りと馴染めない息子でしたが、母国に帰れば大丈夫だろうと思っていました。
兄と姉を見ながら育っているので、いつも背伸び。加えて普通より他人との距離感を近く持ちすぎる? 初対面の子にもどんどん接近するので、周りが引き気味でした。
それでも低学年の間は、いろいろな性格の子供がいるので息子が特に「変だ」とは感じていませんでした。
 小学校4年になる頃にだんだん課題が浮き彫りになってきました。サッカーや塾通いが始まり社会性の有無が目立ち始める年ごろですが、授業中やサッカーでも「ポツン」と一人でいる姿が目立ちだしました。
人一倍自分が優秀だと思っているので、塾でも良い成績だと周りに自慢。でも試験でうまくいかなかった時は、急に行かなくなるような状況です。結局本人、周りのためにもならないと判断して塾は辞めることにしました。


この頃私の福岡への単身赴任の辞令が出て、家内には長男の受験、長女の高校進学、そしてこの次男の困った状況への対処をすべて押し付けることになってしまいました。
 夏休み・冬休みを利用して九州に呼び寄せ。人間的に成長できればと願い「乗馬キャンプ」にも2回ほど入れました。ただここでも一緒になった生徒さんとトラブル。加えて馬アレルギー?があったようで、この企画も継続できませんでした。
 学校では私立中学受験に向けて周囲が落ち着かなくなる年齢です。サッカーでも活躍の場がない息子は再び別な塾に行きたい、と主張を始めました。親としてあまりポリシーがない我々も悪いのですが、「そう言うならば・・」ということで、近所の面倒見の良さそうな塾に入れることにしました。塾の先生は人格的にも素晴らしく、また利他の熱い心で息子の「困った」に親身に対応してくださりました。小学校時代の数少ない良い思い出です。


我々夫婦は一方で、このまま公立の中学に進んでも人格形成がうまくいかないと漠然とした不安を覚えて「面倒見の良い」学校を求めて、様々な私立中学の見学に行きました。一般的に人気の高い学校は大学の進学実績を全面に出し、それ以外の学校は如何に推薦などで楽に大学に進めるかを強調。我々の希望する「個」に合わせた教育を考えてくれるような学校は見当たりませんでした。そうこうしているうちに息子のほうは偏差値だけで学校の良し悪しを判断するようになってきて、相当「まずい」状況になっていきました。またこの頃からものすごく集中して何かに取り組んでいるかと思っていたら、急に電池が切れたみたいに活動が止まってしまうような症状が散見されるようになってきました。


小学校6年になると月に1日、2日学校を休むようになりました。
この頃私の再度の海外赴任辞令が出てしまいました。「家族帯同で行こうかな?」とも考えたのですが、赴任先が中国ということもあり、高校生の長女を連れて行くという選択は考えづらく、単身を決心しました。
小学校の先生も大変息子の状況を気にしてくれており、塾の先生と共に家内を助けてくれました。
結局なんとか二学期を乗り越えることができ、そのまま中学受験に突入。ただ学校の選択はどうみても本人の実力を超えた進学校ばかりになりました。
塾の先生は本人の性格や課題を理解してくれており、地方の全寮制中学校を勧めてくれたのですが本人に全くその気がないので、しょうがありません。
結果的には相当苦戦をしながらも、何とか本人的にはプライドが満たされる中学に進めることになりました。


中学に進学後、家内と夜な夜な「スカイプ」で国際通話をしていると、さらに「困った」事態が進行していることが判明。テニス部に入ったのですが、練習と学業の両立ができておらず、電池切れの状況が続発。学校は休むと小学校とちがって授業の内容がチンプンカンプン。「疲れて行かれない」から「わからないから行きたくない」に変わっているのが電話口から切実に伝わってきました。


中学校にはカウンセラーが配置されており、家内が頻繁に相談に伺いました。一定の割合で息子のようなパターンはあるようで、「機能性低血糖」を疑ってみては、との話になりました。まったく聞いたことがない病名なのですが電池切れ症状の説明はつきそうなので、早速千葉県の専門医に診てもらうことにしました。
宿泊を伴う検査で、結果は「クロ」。機能性低血糖症との診断でした。ただ治療は薬とかではなく、その病院に隣接されている薬局でおびただしい量のサプリを購入し続けることになります。
大人でもうんざりする量のサプリです。反抗期で、学校にも足が遠のきつつある状態の息子がすんなり飲むはずもありません。大体そもそもいつ治るのかも(何をもって治ったというのかも)良くわかりません。
 とりあえず一学期がおわり、家内と息子を中国に一時的に呼び寄せました。息子と色々話をしましたが、多分二学期からは相当難しいだろうな、という感触でした。選択肢を考えたとき公立の中学に戻す、というのもあるのですが同じ小学校の友人が通っているわけですから、うまくいく筈がありません。
また基本的には学校に行きたくないわけですから、通いのフリースクールに入っても喜んで通うとは思えませんでした。その頃、ふと頭によぎったのが塾の先生の言葉。「この子は寮に入れて親元から離したほうが良いですよ」。
ネットで「フリースクール」「全寮制」を血眼になって検索をしていたら、「元気学園」をヒットすることができました。
さらに過去のブログを見ていたら単なる「居場所」の提供ではなく、しっかり教育にも力を入れてくださっているし、校庭(キャンパス)で体を動かし、校外活動も盛んな様子が伝わってきました。


またある日のブログでは「学園には機能性低血糖症という診断で入学してくる生徒もいますが、学園の運動療法を通じて普段の食事だけで症状がよくなっています」「そもそもこの低血糖症というのが病気なのか考えていくべきで」・・・というような内容が書かれていました。  「ここだ!」と思い家内と連絡。二学期に入り、いよいよ宿題もできていないので学校に行かなくなったタイミングで私も一時帰国。
その晩息子に「君の病気が治してもらえて、ちゃんと勉強もみてもらえる学校があるのだけど、見に行ってみない?」と誘います。「ただし、先生方は国立大学出身でそんな簡単には入学を許可してもらえない模様。入れなかったら諦めろよ・・・」
入学が難しい・・・という条件に受験から日が浅い息子が反応。翌朝親子三人で相談会に向かいました。
実際どの程度入学が難しいのかは全く把握できておらず、条件もわからなかったのでとにかく3人とも正装し、せめて第一印象は良くしよう、と心がけました。
当日は8~10組の親子が相談にいらしていたと思います。年齢的には息子は下のほうだったと思います。当時は「不登校になったら最初に読む本」は執筆中だったようで、「イヤの壁」をはじめ色々なお話をしていただきました。
そして本当は一人でも多くの生徒さんを受け入れたいのだけども、寮の収容可能数からせいぜい1~2名しか追加で受け入れることは出来ない、ということでした。
その後、個別面談ですが医療用の測定器具で息子の血流や心臓の状況をチェック。身体の歪みなども指摘してもらいました。


当方が海外単身で困っている事情を説明したら、快く「そういうことでしたら来週からでもいらっしゃい」、と受け入れてもらえることになりました。
息子もこのままでは「ダメだ」と認識していたのでしょう。12歳で親元を離れるという一大事をある程度客観的に受け入れていました。
 中学校には週明けに連絡。先生方は驚かれていましたが、こうなったら親として「何が正しいかで判断する」と腹も据わっていたので、根気よく説明。休学を認めてもらいました。
翌週末、息子は無事学園に受け入れてもらえました。昼食時まで一緒にいて、その後午後の体操とランニングですが、不安そうでも口をきりっと締めて新しい人生に挑戦しようとする息子を頼もしく感じたのを覚えています。
家に帰り、家内のほっとした表情を見たのち、自分も久々に後ろ髪をひかれずに飛行機に乗ることができました。
 翌月学園に様子を伺いにいきました。とにかく落ち着きがなく、これまで周りがなぜ彼を受け入れてくれなかったのか、など客観的に課題を指摘していただきました。学園の生徒さんは先生方の指導でなんとか息子を学園に受け入れてくれようと努力してくださっているおり、普通の学校ではこのような取り組みは望むべくもありません。どの生徒さんとの組み合わせが一番彼を成長させられるのかも考えて、寮生の入れ替えもしてくださったそうです。
「青い鳥」ではありませんが、初めて「面倒見の良い学校」というのが何だかわかりました。


初めての正月休みに入るときです。自宅に向かう車のなかで息子が開口一番言った言葉が忘れられません。
「俺、まだ当面帰れないから!」
別に元の学校に帰そうとは思っていなかったのですが、本人帰されるのが不安になるくらい、学園に馴染むことができました。うまれて初めて自分の安心できる場所が見つかったのだと思います。
ただそうは言っても正直「出口論」については考えた時期がありました。中学について卒業証書は休学中の学校からもらえるのですが、高校については悩みの種です。今考えると滑稽なのですが、一時期何の当てもなく夫婦でいくつも高校めぐりをしました。学園にも色々相談をさせていただきました。なんとか学園で見ていただきながら、地元の高校にでも通えないか、と調べたこともあります。
結局自分たちは高等学校の「卒業証書」が欲しいがために、こんなつまらない時間と労力をかけた、、、と今は反省しています。


学園では本当に多くのことを息子は経験させていただいています。日々の食事療法や運動。一人ひとりのレベルに合わせた授業。日本平での自然学習。大学の先生方などの特別授業。プロの演奏家による音楽鑑賞。専門家による合唱指導。美術館・博物館めぐり。プロのコーチによるサッカーの指導。静岡で行われる様々なイベントへの参加。マラソン大会への集団出場。国内外の修学旅行。ホームステイと留学生の受け入れ。何よりも経験豊富な先生方のお話を通じて自分達は将来何を目指すべきなのか、日々考える機会をもらっています。


本人が生来もっている性格は変わりようがないのかもしれません。でもその課題を認識することで、どのように克服すれば社会で受け入れてもらえるのか徐々に息子は理解してきていると感じています。 学園と出会っていなければ、ずっと親子で問題の所在がわからないまま救いを求め続け、あのまま漂流していたと思います。


最後になりますが、今「困っている」親子のみなさんへお伝えしたいことです。
子育てに成功も失敗もないと思います。あるのはその時々でいかに全力で子供の課題に取り組んだかと、という事実です。
そして子供の課題が親だけではどうにもならない時は、素直に、そして素早く専門家にお任せするのが何よりも大切です。
子供のプライド、親の見栄、普通のルートから外れる不安・・・色々葛藤はあると思います。
しかしそのような「しがらみ」は実際学園での受け入れが始まれば、「いったいあれは何だったんだろう」と思える日がすぐに来ます。
まずは思うこと。そこからすべてが始まります。



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